2026年9月13日に投開票された石垣市議会議員選持で、徳村まさつぐ(徳村政倫)さんが初当選を果たしました。 「お米農家から市議会議員へ」という経歴に、どのような学歴や生い立ちがあったのか気になる方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、徳村さんは高校卒業後に東京の自動車修理会社へ就職し、約12年半の会社員生活を経て2023年に石垣島へ帰郷。お米農家として就農したのち、参政党から市議会議員選挙に挑み初当選した人物です。
この記事では、徳村まさつぐさんの学歴・経歴、参政党で掲げる政策、そして家族に関するエピソードまで、公開されている情報をもとに詳しく紹介します。
徳村まさつぐのプロフィール
まずは、徳村まさつぐさんの基本的なプロフィールを確認しておきましょう。
- 名前:徳村まさつぐ(正式表記:徳村政倫)
- 生年:平成4年生まれ/33歳(2026年時点)
- 出身地:沖縄県石垣市
- 職業:お米農家・石垣市議会議員
- 所属政党:参政党
- 就農:2023年
- 地域活動:登野城青年会副会長など
石垣市の登野城地区を拠点に、農業と地域活動の両面から地元に根を張ってきた人物であることがわかります。
学歴は高校卒業まで、大学進学の情報はなし
徳村まさつぐさんの学歴については、高校を卒業していることが確認できるものの、それ以上の詳細は公開されていません。
出身高校の名前や大学進学の有無について、現時点で本人からの発信や報道は見当たらないのが実情です。学歴をまとめると次のようになります。
- 高校:卒業(学校名は非公表)
- 大学:進学に関する情報は確認されていない
東京の自動車修理会社で約12年半勤務
高校卒業後、徳村さんは東京の自動車修理会社に就職し、そこから会社員としての道を歩み始めます。
本人の投稿によれば、この会社には約12年6ヶ月にわたって勤務していたとのことです。石垣島出身の徳村さんにとって、東京での長い会社員生活は大きな経験になったようです。
転機となったのは、コロナ禍でした。メディアや医療、教育、農業、政治など、さまざまな分野のあり方に疑問を持つようになり、その中で「食料を生み出す農業」の重要性に気づいていったといいます。
参政党入党から就農、そして市議会議員初当選までの道のり
会社員から農家、そして政治家へ。徳村さんの経歴は、2022年の参政党入党を起点に大きく動き出しました。ここでは時系列で整理します。
2022年:参政党へ入党
徳村さんは2022年に参政党へ入党しました。党の活動を通じて食料安全保障や農業の重要性への理解を深め、「農業は国防である」という考えに至ったと語っています。この気づきが、後の就農や政治活動につながっていきます。
2023年:石垣島へ帰郷し、お米農家として就農
2023年9月頃、12年6ヶ月勤めた会社を退職し、石垣島へ戻って新規就農しました。長年慣行農法で米作りを続けてきた父親の手伝いをしながら、自身もお米農家として活動を始めています。将来的には「自然栽培の米を作りたい」という思いも抱いているようです。
2026年6月頃:石垣市政改革委員を拝命
就農後も参政党での活動を続け、2026年6月頃には石垣市政改革委員を拝命しました。これを機に、これまで控えていた政治活動にも本格的に踏み出したとされています。
2026年9月13日:石垣市議会議員選挙で初当選
そして2026年9月13日、石垣市議会議員選挙で初当選を果たします。定数22に対して28人が立候補する中、新人として議席を獲得しました。
農業と地域活動を積み重ねてきた徳村さんが、政治家としての一歩を踏み出した瞬間といえます。
所属政党は参政党、掲げる政策の中心は「農業」と「地域」
徳村まさつぐさんは参政党公認の市議会議員です。2026年の石垣市議会議員選持では参政党から徳村さんと平得博之さんの2人が立候補し、徳村さんが初当選。参政党として石垣市議会で初めて議席を獲得したとされています。
参政党は食料安全保障や日本の伝統文化、地域社会のあり方を重視する政党であり、徳村さん自身も農業と地域文化を大切にする姿勢を政策に反映させています。
政策1:産地直送で食料自給率をアップ
石垣島は農業が重要な産業のひとつですが、離島特有の輸送費の高さや担い手不足といった課題も抱えています。徳村さんは、地元で作った農産物を地元で活用する仕組み作りに力を入れています。
- 農家と飲食店・ホテル・施設とのマッチング
- 農作業体験者とのマッチングによる担い手育成
- 化学肥料から安価な有機微生物肥料への切り替え・増産
- 農産物全体の増産
農家が生産したお米や農産物を地元の飲食店やホテルで使ってもらえれば、地域内でお金が回る仕組みにつながります。あわせて農作業体験を通じ、農業に関心を持つ人を増やすことも目指しています。
こうした取り組みの背景には、「農業は国防である」という徳村さんの考え方があります。食料を安定して生産できることは、国や地域の安全保障につながるという発想です。日本は食料の多くを輸入に依存しており、石垣島でお米を作る立場から食料自給率向上の大切さを訴えています。
政策2:先人の想いを次世代へ継承する
徳村さんは「先人が繋いできた石垣市を次世代へ」というスローガンを掲げています。
石垣島には豊年祭やアンガマなど、長く受け継がれてきた伝統文化があります。徳村さんは先人への感謝を大切にし、日本人視点の歴史観による歴史教育や継承を政策として掲げており、先祖や土地、文化、伝統を大切にする意識を育てたいと考えているようです。
政策3:物価高対策と島しょ部の負担軽減
石垣島のような離島では、輸送費が商品価格に大きく影響します。徳村さんは、こうした島しょ部特有のコストを軽減する政策にも取り組む方針です。
- 消費税の段階的廃止を求める意見書の提出
- 地方交付税交付金など国からの支援を市民へ還元
- 輸送費補助による島しょ部の負担軽減
農業振興と合わせて、離島で暮らす人々の生活を支える政策にも力を注いでいる点が特徴です。
家族構成は?父親・母親とのエピソードと妻子の情報
徳村さんの家族については、父親・母親に関するエピソードは公開されている一方、配偶者や子供については詳しい情報が確認されていません。
父親は長年お米を作ってきた農家
徳村さんの父親は、長年慣行農法でお米を作り続けてきた農家です。徳村さんが石垣島へ戻って就農した際も、父親のもとで農作業を手伝いながら経験を積みました。
当初、父親は徳村さんの政治活動に反対する様子があったといいます。しかし、市議選への出馬が必要だと考えた理由を徳村さんが伝える中で、父親も少しずつ理解を示すようになったそうです。家族に自分の信念を伝え続けた姿勢がうかがえるエピソードです。
母親には感謝の気持ちを表明
徳村さんは、東京から石垣島へ帰郷し農業や政治活動に取り組む自分を支えてくれた存在として、母親への感謝を語っています。新しい道へ進む際に家族の理解が大きな力になったことがうかがえますが、母親の年齢や職業などの詳細は公開されていません。
妻や子供の情報は非公開
徳村さんが結婚しているか、妻や子供がいるかどうかについては、現時点で確認できる公開情報がありませんでした。そのため、独身または既婚と断定することはできず、配偶者や子供の有無も不明です。
内向的な性格から一歩踏み出した政治家
徳村さんは自身の性格を「内向的」と語っています。政治の話題がタブー視される空気もあり、地元・登野城では表立った活動を控えていた時期もあったようです。
しかし市政改革委員になってからは、恥や外聞を気にせず活動を始めたと振り返っています。内向的な性格でありながら、自分の考えを伝えるために政治の世界へ踏み出した点は、徳村さんにとって大きな挑戦だったのではないでしょうか。
また、徳村さんは農業だけでなく豊年祭やアンガマといった石垣島の伝統文化にも積極的に関わっています。33歳の抱負として、伝統文化への学びを深め、社会貢献や伝統継承に取り組みたいという思いも語っています。事務所開きには家族や親戚、同級生、党員、地域の先輩などが集まり、地元との強いつながりを感じさせる場となったそうです。
まとめ
徳村まさつぐさんは、高校卒業後に東京の自動車修理会社で約12年半勤務し、2022年の参政党入党を経て2023年に石垣島へ帰郷、お米農家として就農した人物です。2026年6月頃には石垣市政改革委員を拝命し、同年9月13日の石垣市議会議員選挙で初当選を果たしました。
政策としては「産地直送による食料自給率アップ」「先人の想いの継承」「物価高対策と島しょ部の負担軽減」の3本を軸に、農業と地域文化を大切にする姿勢を打ち出しています。家族については父親・母親との関わりが語られているものの、配偶者や子供に関する情報は非公開のままです。
内向的な性格から一歩踏み出し、農家としての経験を政治の場に生かそうとする徳村さんの今後の市政活動が注目されます。


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