Netflixドラマ『地面師たち』で佐々木丈雄役を演じ、圧倒的な存在感を放った五頭岳夫(ごず たけお)さん。
あの独特の空気感と味わい深い芝居に、「この俳優、いったい何者なんだ?」と検索した人も多いはずです。
しかし、その俳優人生は決して平坦ではありませんでした。
舞台俳優として20年を駆け抜けた一方で、命に関わる大病という壮絶な試練にも向き合ってきたのです。
ここでは、五頭岳夫さんの若い頃から現在までの歩みを、じっくり追いかけていきます。
五頭岳夫の若い頃|自動車整備士から役者の道へ
五頭岳夫さんは1948年2月7日生まれ。新潟県北蒲原郡水原町(現在の阿賀野市)で育ちました。
今でこそ強烈な個性を放つ名脇役ですが、はじめから俳優を志していたわけではありません。
高校卒業後は上京し、専門学校に通いながら自動車整備士として働く日々を送っていました。
23歳で飛び込んだ演劇の世界
転機が訪れたのは23歳のときです。
劇団「青年劇場」の養成所の門を叩き、本格的に演技と向き合い始めます。
当時は「五頭岳夫」ではなく、本名の小林直治、あるいは小林直二という名義で舞台に立っていた時期もありました。
全国47都道府県を巡った20年の舞台人生
そこから約20年、舞台俳優として全国各地を巡演する日々が続きます。
なんと、47都道府県すべてを舞台で訪れたというから驚きです。
映像作品で見せるあの自然体の芝居、そして画面から漂う存在感。
その源泉は、この気の遠くなるような舞台経験にあるのでしょう。
39歳と42歳、立て続けに襲った試練
とはいえ、順風満帆とはほど遠い道のりでした。
39歳頃に顎の骨の病を患い、手術を受けることになります。
さらに42歳の頃には、ステージ3の胃がんが発覚。
胃を全摘するという大手術に踏み切るなど、人生を根底から揺さぶられる事態に見舞われました。
度重なる手術を経て、長年身を置いた劇団を退団。
積み上げてきた俳優としてのキャリアを、一度は手放さざるを得なかったのです。
それでも、物語はここで終わりませんでした。
2000年頃、エキストラ事務所に所属し、映像の世界へと再び足を踏み入れます。
舞台で培った土台を武器に、まったく違うフィールドで再起を図った五頭岳夫さん。
長い下積みと深い挫折。その両方を知っているからこそ、あの唯一無二の佇まいが生まれたのかもしれません。
五頭岳夫を襲った病気と壮絶な闘病生活
五頭岳夫さんの人生を語るうえで避けて通れないのが、病との真っ向勝負です。
とりわけ大きな分岐点となったのが、顎の骨の疾患と胃がんでした。
顎骨骨髄炎とプレート破損という悪夢
39歳頃に顎骨骨髄炎を発症し、金属プレートで顎を補強する手術を受けます。
ところが、事態は一度では収まりませんでした。
装着していたプレートが破損し、その破片が脳の近くに残るという深刻な状況に陥ったとされています。
顔も声も、俳優にとっては命そのもの。
その顎を蝕まれながら治療を続ける日々は、肉体的な痛み以上に「もう役者を続けられないのでは」という恐怖と隣り合わせだったのではないでしょうか。
ステージ3の胃がん、そして胃の全摘出
追い打ちをかけるように、42歳頃にステージ3の胃がんが判明します。
胃をすべて摘出する手術を受け、その後も複数回にわたってメスを入れることに。
胃を丸ごと失うという現実を受け止め、乗り越えた。その道のりの過酷さは、想像を絶するものだったはずです。
治療の影響もあり、長年慣れ親しんだ劇団からは離れることになりました。
ここで俳優の道を諦めたとしても、誰も責められないでしょう。
55歳で改名|故郷の山に誓った「生まれ変わり」
それでも五頭岳夫さんは、演技の世界へ帰ってきます。
2000年頃からエキストラとして映像作品に顔を出し、少しずつ活動の幅を取り戻していきました。
そして55歳の頃、体調の回復を機に芸名を「五頭岳夫」へと改めます。
この名は、故郷にそびえる五頭連峰に由来し、「生まれ変わる」という決意が込められているそうです。
大病を経て自らの人生を見つめ直したうえで名乗った新しい名前。
まさに再出発を象徴する、大きな一歩だったに違いありません。
ホームレス役から「味のある老人」へ
もっとも、改名した途端にブレイクしたわけではありません。
エキストラとして現場に立ち続け、目の前の役を一つひとつ丁寧に重ねていきます。
当初はホームレス役を演じる機会が多かったといいます。
そこから「味のある枯れた老人」といった、五頭岳夫さんにしか出せない役どころへと領域を広げていったのです。
病によって人生の航路は大きく変わりました。それでも演技だけは手放さなかった——その執念が、後の飛躍を呼び込みます。
五頭岳夫が再起しブレイクした理由
スポットライトが当たるまでには、気の遠くなるような地道な積み重ねがありました。
映画やドラマの現場に立ち続けるなかで、「この人でなければ成立しない」空気を身にまとっていったのです。
2018年『教誨師』が呼び込んだ転機
大きな節目となったのが、2018年公開の映画『教誨師』。
大杉漣さんの遺作となった主演作としても語り継がれる作品で、五頭岳夫さんも出演を果たしています。
2024年『地面師たち』で一気に大注目
その後も映像作品への出演を重ね、2024年、ついに大きな波が訪れます。
Netflixドラマ『地面師たち』です。
五頭岳夫さんが演じたのは、不動産詐欺集団に担ぎ上げられる老人・佐々木。
底の知れない存在感と鬼気迫る怪演がSNSで拡散され、瞬く間に話題をさらいました。
「ライフのほうが安いので」というセリフに、心を掴まれた視聴者も多かったようです。
この一作で知名度は跳ね上がり、「超遅咲きの俳優」として一躍脚光を浴びることになります。
「ワンデイ・ワンシーン俳優」という誇り
長い下積みを歩んできた五頭岳夫さんが大切にしているのが、短い出番でも爪痕を残す「ワンデイ・ワンシーン俳優」というスタイル。
撮影がたった一日でも、映るのがワンシーンだけでも、観た人の記憶に焼きつく。
数え切れない舞台と役柄をくぐり抜けてきた人だからこそ、たどり着ける境地なのでしょう。
さらに「カメレオンみたいな役者になりたい」という向上心も、今なお胸に燃えています。
役ごとに纏う空気を変え、作品に自然と溶け込む。それでいて、なぜか目が離せない。
その稀有な個性こそが、現在の高い評価を支えているはずです。
オファー3倍、観光親善大使、そして自叙伝へ
『地面師たち』以降、仕事の依頼はおよそ3倍に増えたと本人も語っており、俳優としての勢いは加速する一方です。
2025年春には、故郷である新潟県阿賀野市の観光親善大使に就任。
そして2026年2月には、自叙伝『生涯現役』を出版しました。
半生の軌跡はもちろん、『地面師たち』の撮影裏話まで綴られている一冊です。
若き日に舞台へ飛び込み、大病という壁に何度もぶつかり、劇団を離れ、エキストラからやり直す。
そして70代で、多くの人の心を掴む俳優へ——。
この道のりを辿れば、誰もが納得するはずです。「生涯現役」という言葉が、これほど似合う俳優は他にいない、と。


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