市川誠一郎(いちかわ せいいちろう)選手は、開成中学・高校から東京大学へ進んだのち、ほぼ未経験からプロテニス選手へ転身した異色の経歴を持つアスリートです。
本来は音楽家を目指していましたが、20代半ばでテニスへ転向。ゼロからのスタートという過酷な道のりを経て、39歳で自身初となる世界ランキング入り(ATPポイント獲得) を果たしました。
この記事では、市川誠一郎さんの詳しい学歴や経歴、実家の環境や結婚事情、そして現在の世界ランキングや活動拠点について分かりやすく解説します。
市川誠一郎の学歴|開成中学・高校から東京大学へ
市川誠一郎さんは、開成中学・高校を卒業後、東京大学に進学しています。中学受験の際は日能研に通い、全国模試で上位に入るほど勉強に打ち込んでいたそうです。
受験勉強そのものを一種の競技のように楽しみ、努力を重ねて成績を伸ばしていった経験は、後にテニスへ取り組む姿勢にもつながっているように感じられます。
市川誠一郎の経歴|音楽家を目指した学生時代からテニス転向まで
東京大学時代は音楽に没頭
東京大学在学中は、勉強だけでなく音楽にも深くのめり込んでいました。クラシックやジャズ、民族音楽まで幅広いジャンルに関心を持ち、作曲家を目指して活動していたとされています。
大学卒業後もすぐに就職はせず、フリーターとして生活しながら音楽の道を模索。東京藝術大学の講師のもとで学び、最終的にはパリの音楽院への留学許可を得るところまで進んでいたといいます。
24〜25歳でテニスへ転向
ところが市川さんは、ここで人生を大きく変える決断をします。24〜25歳ごろ、音楽からテニスへ転向したのです。
当時はテニス経験がほとんどない状態でしたが、「勝負の世界で自分の可能性を試したい」という思いから、初心者としてプロを目指すことを決意しました。2009年ごろから本格的に練習を開始し、一時期は1日12時間以上打ち込む生活を送っていたそうです。
思うように成長できなかった下積み時代
2010年には、トッププロを育てた実績のあるアカデミーに入所。家庭教師などで活動費を工面しながら競技を続けました。
とはいえ、道のりは平坦ではありませんでした。ジュニア選手たちと一緒に練習しても思うように体が動かず、コーチから厳しく指摘されることも多かったといいます。5年以上、目立った成長を実感できない時期も経験しました。
それでも競技を辞めることはなく、2014年には日本スポーツ振興センターによる東京オリンピックに向けた人材発掘プロジェクトで最終候補に残っています。
スペイン留学とヨーロッパへの活動拠点移行
2016年には、スポンサーから約450万円の支援を集め、スペインのテニスアカデミーへ1年間留学。現地で技術を磨き、帰国後も国内で競技を続けました。
その後、コロナ禍をきっかけに活動拠点をヨーロッパへ移し、ITF下部ツアーを転戦。2023年にはダブルスで初めてATPポイントを獲得し、39歳で世界ランキング入りを果たした異色のプロテニス選手として注目を集めるようになりました。
市川誠一郎の実家は横浜の商店
市川誠一郎さんは横浜出身で、実家は町のスーパーマーケットに近い形態の商店を営んでいたと語っています。
市川さんが中学生になるころまでは比較的順調に経営していましたが、大手チェーンの進出などによって状況が厳しくなり、その後、商店は他社に買収されたそうです。
父親は買収後、その会社の社員として働くようになったとされています。
小学4年生で一人旅を経験
市川さんは、幼いころから自分で考えて行動することを尊重される環境で育ったようです。
象徴的なのが、小学4年生のころの一人旅です。両親に行き先を伝えたうえで、お年玉を使って切符を購入し、寝台列車で北海道や大阪などを訪れたといいます。
ホテルも自分で予約しており、小学生としては珍しい経験といえるでしょう。
幼少期の一人旅で培われた行動力は、海外を転戦する現在の生活にも通じています。
市川誠一郎は結婚している?
本人が公開している情報を見る限り、市川誠一郎さんが結婚しているという公表はなく、独身とされています。
市川さんは自身のブログなどで、家族を持たない生き方について触れています。過去には、家庭を持とうと強く考えたことはなく、テニスを中心とした現在の生活に幸せを感じているという趣旨の考えを明かしていました。
ヨーロッパを拠点とする競技生活では、大会に合わせて各地を移動しながら、試合と練習を繰り返します。そのため、現在は家庭を持つことよりも、テニスへの挑戦を続ける生活を選んでいるとみられます。
市川誠一郎の現在の活動とランキング
ヨーロッパを拠点にITF下部ツアーを転戦
現在の市川さんは、ヨーロッパを拠点にITF下部ツアーを転戦しています。チュニジアのMonastirなども活動拠点の一つとしながら、海外大会への出場を続けている状況です。
39歳で果たした世界ランキング入り
市川さんのキャリアにおける大きな節目が、2023年5月の出来事です。ダブルスで初めてATPポイントを獲得し、39歳で世界ランキングを獲得した選手として注目を集めました。当時のダブルスランキングは、およそ2090位前後だったとされています。
一般的にプロテニス選手は幼少期から競技を始め、ジュニア時代から世界を目指すケースが多く見られます。そうしたなかで、25歳前後から競技を始め、長い下積みを経て30代後半でランキング入りを果たした市川さんの歩みは、まさに異色のキャリアと言えるでしょう。
なお、シングルスについてはATPの上位ランキングに入るような成績には至っておらず、現在もITF大会を中心に挑戦を続けています。
「雑草プロ」として掲げる今後の目標
市川さんは自身のことを「雑草プロ」や「冒険家」と表現しています。周囲との比較よりも、自分自身がどこまで挑戦できるかを重視している点が特徴です。
現在もグランドスラム出場を目標に掲げ、ヨーロッパでの競技生活を続けています。試合だけでなく、ブログやSNS、テニス雑誌などを通じて自身の経験も発信しており、「未経験からでも本気で努力すれば道は開ける」というメッセージを伝え続けています。
まとめ
市川誠一郎さんは、開成中学・高校から東京大学へ進み、音楽家を志した後に24〜25歳でテニスへ転向するという珍しい経歴を持つプロテニス選手です。ほぼ未経験からのスタートで、5年以上成長を実感できない時期を経験しながらも競技を続け、スペイン留学やヨーロッパ移籍を経て39歳で世界ランキング入りを果たしました。
実家は横浜の商店を営んでおり、結婚については現在も独身とされ、テニスへの挑戦を優先する生き方を選んでいます。今後、グランドスラム出場という目標に向けてどこまでランキングを伸ばせるのか、42歳を迎えてなお挑戦を続ける市川誠一郎さんの動向に注目が集まります。


コメント