東証一部上場企業(現・東証プライム)のプレサンスコーポレーション創業者として、関西トップクラスの不動産グループを築き上げた山岸忍さん。しかし2019年、学校法人明浄学院をめぐる事件で突然逮捕され、生活は一変しました。
248日間にわたる長期勾留の末、裁判で勝ち取ったのは完全な無罪判決でした。無罪確定後も国を相手取った国家賠償請求訴訟を起こすなど、違法な捜査手法を問い続けています。
この記事では、山岸忍さんの学歴・経歴から事件の真相、現在の新会社での再起や家族との生活まで、事実関係をわかりやすく整理して解説します。
山岸忍の学歴と経歴|同志社大学から東証一部上場までの歩み
山岸忍さんは、同志社大学法学部を卒業後、不動産業界で頭角を現し、プレサンスコーポレーションを東証一部上場企業へと成長させました。
学歴:同志社高校から同志社大学法学部へ
山岸さんの出身校は、同志社高等学校を経て同志社大学法学部を卒業しています。
大学で法律を専攻していたものの、本人の振り返りによると、在学中は刑事訴訟法や実際の司法実務に深く触れる機会は少なかったといいます。2019年に逮捕された際も、当初は「真実を誠実に話せば検察官も分かってくれる」と考えていました。しかし、実際の取り調べ現場を経験したことで、刑事司法の現実を身をもって痛感することになりました。
経歴:大京入社からプレサンス創業、上場へ
大学卒業後は不動産業界へ進み、仕入れから販売までのノウハウを蓄積していきました。
- 1985年4月:大京観光株式会社(現・株式会社大京)に入社
- 1992年4月:株式会社創生の専務取締役に就任
- 1997年10月:株式会社日経プレステージを設立し、代表取締役社長に就任
- 2013年:プレサンスコーポレーションが東証一部に上場
- 2019年12月:明浄学院事件での逮捕を受け、代表取締役社長を辞任
1997年に立ち上げた日経プレステージは、のちに株式会社プレサンスコーポレーションへと社名を変更。近畿圏を中心に都市型マンションの開発・分譲で圧倒的な実績を上げ、業界トップクラスのデベロッパーへと育て上げました。
一方で山岸さん自身は、当時の経営体制を「自分一人に権限が集中しすぎたワンマン体制だった」と振り返り、組織としてのガバナンス体制に課題があったことを後に認めています。
明浄学院事件と冤罪の経緯|248日間の勾留から無罪確定へ
明浄学院事件において、山岸さんは業務上横領の共謀を疑われて逮捕されましたが、裁判で無罪が確定しました。
事件の経緯:学校再建の融資が「横領共謀」と疑われた理由
2019年12月16日、大阪地検特捜部は業務上横領の容疑で山岸さんを逮捕しました。事件の発端は、学校法人明浄学院の高校用地売却をめぐる手付金約21億円の行方です。
- 検察側の主張:関係者らによる横領計画に、山岸さんも共謀して関与していた
- 山岸さんの主張:学校の再建話として相談を受け、個人資産から約18億円を融資したにすぎず、資金流用は一切知らなかった
最大の争点は「不正な資金流用について共謀があったかどうか」でしたが、山岸さんは一貫して関与を否定し続けました。
248日間の過酷な勾留生活
逮捕後、勾留期間は248日間に及びました。拘置所では外部からの情報が完全に遮断され、時計もない環境で極度の精神的負荷にさらされました。
体力を維持するために室内で自主トレーニングを続け、刑務官に注意されながらも前を向き続けたといいます。保釈後に味わった「太陽の下を走る喜び」や「湯船に浸かる解放感」は、著書『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』の中でも克明に綴られています。
大阪地裁での無罪判決と確定
2021年10月28日、大阪地方裁判所は山岸さんに無罪判決を言い渡しました。
関係者の供述の信用性が否定され、検察側が主張した共謀の事実は存在しないと判断されたためです。大阪地検が控訴を断念したことで、2021年11月11日に無罪が確定しました。
国家賠償訴訟と取り調べ検事への責任追及の現状
刑事裁判で無罪を勝ち取った後、山岸さんは違法な捜査と取り調べの責任を明らかにするため、国を相手取る国家賠償請求訴訟と検事への付審判請求を起こしました。
国家賠償請求訴訟の進捗
逮捕・起訴や不当な取り調べによって被った損害に対し、国に約7億7000万円の賠償を求めて提訴しました。
- 2025年3月21日(大阪地裁 一審判決):取り調べの不適切さを指摘したものの、逮捕・起訴そのものの違法性は認めず請求を棄却
- 2026年9月(大阪高裁 控訴審):山岸さん側が控訴し、第1回口頭弁論が行われ即日結審
- 2027年1月27日:大阪高裁にて、賠償責任の有無に関する中間判決が言い渡される予定
検事に対する付審判請求
山岸さんは取り調べを担当した検事個人に対しても、特別公務員暴行陵虐罪での付審判請求を行いました。大阪高裁が審判開始を決定するなど、刑事・民事の両面から司法の責任を追及する異例の展開となっています。
山岸忍の現在と家族構成|新会社での再起と双子の息子の存在
会社を失うという大きな挫折を味わいながらも、山岸さんは新たな不動産会社の経営者として再起を果たし、私生活でも新しい家族に恵まれています。
新会社「TUKUYOMI HOLDINGS」の代表として再出発
プレサンスコーポレーションの社長を辞任した後、山岸さんは株式会社TUKUYOMI HOLDINGS(ツクヨミホールディングス)を設立し、代表取締役に就任しました。
以前の反省を生かし、現在は信頼できる少数の仲間と強固な協力体制を敷いて経営にあたっています。「今の仕事をかつて以上に面白いものにすることで、過去の悔しさを乗り越えたい」と語り、経営者として力強く歩みを進めています。
家族構成:支えとなった妻と京都での新生活
山岸さんの妻に関する詳細なプロフィールは一般公開されていませんが、勾留中や保釈後の苦しい時期を支えた大切な存在です。
保釈当時、現在の妻が住んでいた京都へ定期的に通っていた山岸さんは、生活の拠点を京都に移しました。自らが手掛けたプレサンスのマンションが街中に立ち並ぶ大阪にいると、会社を手放した無念が蘇ってしまうため、環境を変えて前を向くための選択でした。
待望の双子の息子が誕生
事件後の大きな転機となったのが、双子の男児の誕生です。
2024年のインタビュー時には3歳に成長した息子たちについて触れ、「事件に巻き込まれなければ、この子たちと出会うこともなかったかもしれない」と語っています。理不尽な冤罪という苦難をただ恨むのではなく、新しい命との巡り合わせを前向きな糧に変えて日々を過ごしています。
まとめ:冤罪を乗り越え、司法改革と事業再起へ挑み続ける
山岸忍さんは、東証一部上場企業のトップから突如として冤罪事件に巻き込まれ、すべてを失いかねない過酷な状況を経験しました。
しかし、248日間の勾留を耐え抜いて無罪を勝ち取り、現在は新会社TUKUYOMI HOLDINGSの代表として事業再建に挑むとともに、自らの体験を通じて検察・司法の改革を訴え続けています。
2026年11月13日には、山岸さんの闘いを描いた映画『負けへんで』の公開も控えています。どん底から立ち上がった実業家としての歩みと、今後の裁判の行方に引き続き注目が集まります。


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