2026年8月30日、ある一報がスポーツファンをざわつかせました。
相撲界屈指の逸材として知られた花田秀虎さんが、大相撲への入門を断念したというニュースです。
「そもそも花田秀虎って誰?」「出身高校や大学はどこ?」「なぜ相撲をやめてアメフトに転向したの?」
そんな疑問を持つ方も多いはずです。
この記事でわかることは、次の3つです。
- 花田秀虎さんの出身高校・大学と、そこでの驚異的な相撲実績
- 相撲からアメリカンフットボールへ転向した経緯
- 大相撲入り断念に至るまでの現在の状況と、今後の進路の可能性
相撲エリートからNFLの本場アメリカへ。異色すぎるキャリアを歩んできた花田秀虎さんのプロフィールを、時系列でじっくり紹介していきます。
花田秀虎とは?相撲界の逸材が歩んだ異色すぎる道
花田秀虎さんは和歌山県和歌山市出身。幼少期から相撲一筋で育ち、学生横綱級の実績を積み上げた人物です。
ところが大学在学中に、まさかのアメリカンフットボールへ転向。
そして2026年8月、今度は大相撲入りを断念というニュースが飛び込んできました。
まずは、花田さんの原点である出身高校・大学から振り返っていきましょう。
出身高校は和歌山商業高校|幼少期から相撲エリートだった
花田秀虎さんの出身高校は、和歌山県立和歌山商業高等学校です。
実は高校デビューの選手ではありません。小学生の頃から、すでに頭角を現していました。
小学校・中学校時代|自ら相撲部を復活させた行動力
花田さんが相撲を本格的に始めたのは、小学2年生のとき。
地元のわんぱく相撲では優勝を果たすなど、早くから才能を発揮していました。
格闘技経験のある両親のもとで育ち、幼い頃から競技に親しんできた環境も大きかったようです。
進学先の和歌山市立西和中学校では、なんと相撲部が休部状態だったといいます。
そこで花田さんは、相撲教室の仲間たちとともに部を復活させるという行動力を発揮。
その結果、中学3年時には全国中学校相撲選手権の個人戦で準優勝という快挙を成し遂げます。
高校時代|1年生からいきなり全国区、そして世界へ
和歌山商業高校でも、花田さんの勢いは止まりませんでした。
- 2017年:全国高等学校選抜相撲大会 個人戦優勝
- 2018年:世界ジュニア相撲選手権大会 無差別級優勝
- 2019年:世界ジュニア相撲選手権大会 無差別級2連覇
特に注目したいのが、無差別級での2連覇です。
体格に恵まれた選手がひしめくカテゴリーで結果を出し続けたことから、花田さんの身体能力の高さがうかがえます。
高校時代からすでに「将来は大相撲で」という思いを持っていたとされ、着実にキャリアを積み上げていきました。
出身大学は日本体育大学|大学1年でまさかのアマチュア横綱に
高校で全国・世界レベルの実績を残した花田さんが選んだ進路は、日本体育大学です。
2020年に入学し、スポーツ文化学部武道教育学科に在籍しながら大学相撲に打ち込みました。
36年ぶりの快挙!大学1年生でアマチュア横綱
日体大進学後も、花田さんの勢いはとどまるところを知りませんでした。
大学1年生だった2020年、全日本相撲選手権大会でいきなり優勝を果たします。
この大会の優勝者に与えられるのが「アマチュア横綱」の称号です。
大学1年生でのアマチュア横綱獲得は、1984年の久嶋啓太さん以来、実に36年ぶりの快挙でした。
花田さん自身も当時、次のように語っています。
「勝つために来て勝ちました」
この一言からも、勝負への強い自信がうかがえます。
ライバルは大の里!ワールドゲームズでの金メダル対決
日体大時代、花田さんと同じ相撲部に、後の横綱・大の里(中村泰輝さん)がいました。
1学年違いのふたりは、学生相撲界でトップを争うライバル関係だったといいます。
2022年、アメリカ・バーミングハムで開催されたワールドゲームズでは、相撲競技の重量級決勝で直接対決。
この試合で花田さんが大の里さんを破り、見事に金メダルを獲得しています。
のちに横綱となる大の里さんを破っていたという事実は、花田さんの実力を物語るエピソードといえるでしょう。
まさかの転身!相撲からアメリカンフットボールへ
ここまでの実績を見れば、誰もが「花田さんは大相撲へ進むだろう」と考えたはずです。
しかし花田さんが選んだのは、まったく異なる競技への挑戦でした。
中学生の頃からNFLに憧れていた
実は花田さん、中学生の頃からNFL(アメリカンフットボールのプロリーグ)に興味を持っていたといいます。
2022年には、相撲選手として活動しながら、Xリーグの合同トライアウトにも参加。
アメフト未経験にもかかわらず、新たな競技への挑戦をスタートさせていました。
相撲部を退部、コロラド州立大学へ編入
アマチュア横綱となり、相撲界での将来がより明確に見えてきた一方で、花田さんの中には次のような思いが強くなっていきました。
「若くて脂が乗っている時に挑戦したい」
最終的に花田さんは、相撲とアメフトを両立する道ではなく、アメリカンフットボールに専念する決断を下します。
そして、2023年、日体大を休学し相撲部を退部します。
その後、NCAAディビジョンIに所属するコロラド州立大学へ編入し、ディフェンシブラインとして本格的にアメフトへ転向しました。
学生横綱級の実力を持つ選手が、まったく畑違いの競技の本場へ飛び込む。まさに異色すぎるキャリアチェンジでした。
アメフト時代のリアル|栄光と苦難の日々
コロラド州立大学での挑戦は、決して順風満帆ではありませんでした。
公式戦デビュー、そして立ちはだかった壁
花田さんは背番号93を着け、ディフェンシブタックルとしてプレー。
2023年10月には空軍士官学校戦でNCAA公式戦デビューを果たし、3タックルを記録しました。
ただし、相撲とアメフトでは求められる動きが大きく異なります。
現地の選手たちとのスピード差や、競技環境への適応など、さまざまな壁に直面したといいます。
怪我と苦悩、それでも掴もうとしたチャンス
2024年には右肩の脱臼という怪我にも見舞われ、試合出場の機会は限られていきます。
それでも花田さんは腐ることなく、シーズン後半は学生コーチとしてチームを支える役割を担いました。
並行して、NFLの国際選手育成プログラム(IPP)への挑戦も目指していたといいます。
しかし、NFL入りへの道は想像以上に厳しいものでした。
2026年1月ごろ、花田さんはアメリカンフットボールへの挑戦に一区切りをつけ、帰国することになります。
現在の花田秀虎は?大相撲入りを断念した理由
帰国後、花田さんが再び目を向けたのは、意外にも「大相撲入り」という選択肢でした。
母校の寮で再び稽古の日々
帰国後の花田さんは、母校である日体大相撲部の寮に住み込み、稽古を再開。
相撲部屋への出稽古も行うなど、本格的な大相撲入りに向けて体を仕上げていきました。
年齢制限というタイムリミット
ただし、大相撲の新弟子検査には原則として年齢制限があります。
花田さんにとって、2026年秋場所が事実上ラストチャンスとなる状況でした。
そして2026年8月30日、花田さんが新弟子検査を受けず、大相撲入りを断念したことが明らかになりました。
アマチュア横綱として学生相撲の頂点に立ちながら、最終的に大相撲の土俵には立たないという選択。
ファンの間には驚きと同時に、「あれだけの実力者だったのに」と惜しむ声も広がっているようです。
今後の進路は?考えられる3つの可能性
2026年8月末時点で、花田さんの具体的な進路はまだ決まっていません。
ただし、これまでの経歴から、いくつかの可能性が浮かび上がっています。
- WWEなどプロレス入り:過去にWWEとNIL契約を結んだ経験があり、相撲で培った体格とフィジカルはプロレス界でも大きな武器になり得ます。
- NFLへの再挑戦:一度は挫折を味わったアメフトの世界へ、再びチャレンジする可能性も残されています。
- 海外経験を生かしたビジネス:相撲・アメフトという2つの競技を、日米両方で経験した稀有なキャリアを生かす道です。
相撲、アメフト、そして次のステージへ。
花田さんが「自分にしかできないこと」を求めて、どんな決断を下すのか、今後も注目が集まりそうです。
まとめ|相撲エリートが切り拓いた前例のないキャリア
花田秀虎さんの学歴と経歴を振り返ると、次のような歩みが見えてきます。
- 出身高校:和歌山県立和歌山商業高等学校(全国選抜優勝、世界ジュニア連覇)
- 出身大学:日本体育大学(大学1年でアマチュア横綱、大の里に勝利)
- 大学在学中にアメフトへ転向、コロラド州立大学でNCAA公式戦デビュー
- 2026年1月ごろ帰国し、大相撲入りを模索するも断念
相撲で学生横綱級の実績を残しながら、まったく異なる競技の本場アメリカへ挑戦した花田秀虎さん。
その挑戦の軌跡は、多くの人にとって「異色」としか言いようのないものでした。
次にどんな舞台を選ぶのか、これからも目が離せません。あなたはどの選択肢が花田さんに合っていると思いますか。


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