TBS日曜劇場『VIVANT』でドラム役を好演し、一躍人気者となった富栄ドラム(とみさかえ どらむ)さん。愛らしい笑顔と高い身体能力が印象的ですが、その素顔は元大相撲力士という異色の経歴を持っています。
結論からお伝えすると、富栄ドラムさんの最終学歴は中学校卒業で、中学卒業と同時に大相撲の世界へ入門しました。力士時代には十両昇進手前まで番付を上げた実績があり、引退を経て俳優へと転身しています。また、その挑戦の背景には、若くして亡くなった実の姉との深い絆がありました。
本記事では、富栄ドラムさんの学歴や学生時代のエピソード、力士としての経歴、そして大切な家族との絆について分かりやすく解説します。
富栄ドラムの学歴と学生時代|中学卒業後に相撲界へ入門
富栄ドラムさんの最終学歴は中学校卒業であり、高校や大学への進学はしていません。
体を動かす仕事に就くという明確な目標を持ち、義務教育を終えてすぐに厳しい勝負の世界へ飛び込みました。
出身中学校と学生時代のエピソード
出身中学校は、地元である兵庫県神戸市の神戸市立雲雀丘(ひばりがおか)中学校です。
1992年4月11日生まれ、兵庫県神戸市北区出身で、本名は冨田龍太郎(とみた りゅうたろう)さんといいます。
学生時代は運動神経だけでなく学力にも恵まれており、文武両道を体現する生徒でした。
- 柔道での実績:中学1年生から本格的に柔道を始め、神戸市大会の66kg級および71kg級で優勝
- 学校活動での信頼:学級委員、生徒会副会長、柔道部副キャプテンを歴任
- 得意教科:数学と英語が得意で、英語では学年2位の好成績を記録
本人は後年「副がつく役職ばかりだった」と振り返っていますが、周囲からの人望が厚かったことがうかがえます。
高校へ進学しなかった理由
幼少期から体を動かすことが大好きで、小学6年生の頃にはわずか3回の練習でバク転を習得するほどの運動神経を持っていました。
当時の夢はアメリカのプロレス団体「WWE」のプロレスラーになること。中学卒業後の進路として高校進学も視野には入っていましたが、「早く体を鍛えてプロの世界へ行きたい」という思いを優先し、15歳で伊勢ヶ濱部屋への入門を決断しました。
力士から俳優へ!富栄ドラムの経歴と転身の歩み
富栄ドラムさんは、約13年間にわたって大相撲の世界に身を置いていた本格派の元力士です。
最高位は東幕下6枚目まで進み、関取(十両)昇進まであと一歩に迫る実力者でした。
相撲入門のきっかけは「回転ずし」
入門のきっかけは、中学3年生の時のユニークな出来事でした。
校長先生から「回転ずしをお腹いっぱい食べさせてあげる」と声をかけられ、未経験のまま相撲大会へ出場。そこでいきなり準優勝を果たし、会場にいた伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)の目に留まりスカウトを受けました。
最初は入門を断っていたものの、「相撲の経験がプロレスラーへの近道になる」と助言を受けたことで入門を決意。2008年3月場所で初土俵を踏み、四股名「富栄」として土俵に上がることになります。
力士としての主な実績と活躍
小柄な体格を補うため、入門から約2年で体重を30kg以上増やして100kgを超える体を作り上げました。
- 通算成績:258勝245敗29休(77場所)
- 最高位:東幕下6枚目(2018年11月場所)
- 注目された取組:2015年3月場所にて、デビューから15連勝中だった佐藤(のちの元大関・貴景勝)を押し出しで破り、初の土俵黒星をつけた
土俵上での実力に加え、横綱・日馬富士や照ノ富士らの付け人を務め、周囲の意図を汲み取って動く気配りを身につけました。巡業では得意のバク転やボイスパーカッションを披露するなど、当時から観客を楽しませる高いエンターテインメント性を発揮していました。
引退と俳優への道
腰や股関節の重い負傷に加え、後述する最愛の姉との別れによる精神的打撃が重なり、2021年3月場所をもって現役を引退します。
引退後は「人を笑顔にする活動がしたい」とYouTubeチャンネルを開設し、俳優活動を開始。
- 2022年:ドラマ『モダンラブ・東京』『サンクチュアリ -聖域-』などに出演
- 2023年:TBS日曜劇場『VIVANT』のドラム役に抜擢
もともとは警官役のエキストラオーディションを受けていましたが、福澤克雄監督に見いだされて主要キャストのドラム役に抜擢されました。スマートフォンの音声アプリを介して会話する愛らしいキャラクターが社会現象となり、現在の芸名「富栄ドラム」へとつながっています。
富栄ドラムの家族構成|亡き姉への思いと支え
富栄ドラムさんの家族構成は、父親、母親、4歳年上の姉、本人の4人家族です。
家庭環境は決して裕福ではなかったものの、両親は子どものやりたいことを頭ごなしに否定せず、中学卒業後の相撲入門という大きな決断も温かく後押ししてくれたといいます。
誰よりも背中を押してくれた姉・さやかさん
家族の中でも、富栄ドラムさんにとって精神的な大きな柱となっていたのが、4歳年上の姉・さやかさんでした。
幼少期の富栄ドラムさんは体が弱く、入院を繰り返す時期がありました。同じく病弱だったさやかさんは、いつも弟に寄り添い、励まし続けてくれた存在でした。
- 「龍太郎は大物になる」
- 「できる、できる」
さやかさんは弟の可能性を誰よりも信じ、前向きな言葉をかけ続けました。その励ましは、厳しい稽古に耐える力士時代を通じて、常に心の支えとなっていました。
姉の早すぎる死と、新たな夢への誓い
2018年、十両昇進を目前に控えていた時期に、姉のさやかさんが病気のため30歳の若さで急逝しました。
もっとも信頼していた存在を失ったショックは極めて大きく、当時の様子について本人は「心技体の『心』が完全に崩れてしまった」と語っています。体に思うように力が入らなくなり、結果として相撲人生に区切りをつける大きな要因の一つとなりました。
失意の底にあった富栄ドラムさんを立ち上がらせたのも、やはり生前の姉が残してくれた温かい言葉でした。「今度は自分が多くの人を笑顔にしたい」という強い思いが、引退後のエンターテインメントや俳優の世界へ挑戦する原動力となっています。
まとめ
富栄ドラムさんの経歴や家族との絆について、重要なポイントを振り返ります。
- 学歴は中学校卒業:神戸市立雲雀丘中学校を卒業後、高校へは進学せず15歳で大相撲の世界へ入門
- 文武両道だった学生時代:柔道での市大会優勝実績に加え、学年上位の英語力や生徒会副会長などリーダーシップを発揮
- 力士として13年間活躍:最高位は東幕下6枚目まで進み、後の元大関・貴景勝に初黒星をつけた実績を持つ
- 俳優への華麗な転身:怪我と姉の急逝を機に相撲を引退し、ドラマ『VIVANT』のドラム役で一躍ブレイク
- 原動力となった家族の存在:誰よりも背中を押し続けてくれた最愛の姉・さやかさんの「人を笑顔にしてほしい」という思いを胸に活動
富栄ドラムさんの魅力的な笑顔とひたむきな姿勢の背景には、中学時代に培った努力の習慣、13年間の厳しい力士生活、そして亡き姉との深い絆がありました。確かな身体能力と人柄を武器に、今後も多彩な分野での活躍が期待されます。


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